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毒を食らわば皿まで

アダルトチルドレン(AC)・吃音症・社交不安障害(SAD)・依存症・うつ病の方、また、心を病むすべて方へ

うつ病との闘い(うつ病闘病記 第3回)

はじめに


うつ病闘病記第3回。
このたびは「うつ病と闘う」と題し、うつ病により働くことができなくなり、療養生活を余儀なくされた二年間のことを書いた。最も闘病記らしい回かもしれない。

うつ病と闘うとは?」「どんな気持ちで闘病中すごしていたか?」「働かず療養に専念するとは?

第1回:なぜ、私はうつ病になったのか?
第2回:うつ病になって私がまずしたこと、その効果は?
第3回:うつ病との闘い←今、ココ
第4回:うつ病から社会復帰へ向けて
第5回:うつ病闘病記まとめ


 

うつ病と闘うとは?

 

うつ病になり、私は以下の個別の病状が現れた。

1.抑うつ
抑うつとは憂うつ・気分が重い・気分が沈む・元気がない状態である。
理由があるわけではないのに、テンションが低く落ち込んでいる状態がとめどなく続く。

2.身体症状
体がだるい・重い、疲れやすいなど。

3.意欲の低下
進んで何かをしようと思えなくなる。

4.集中力の低下
1つの物ごとに集中して取り組めなくなる。

5.何をやってもつまらない
これまで楽しかったはずのことが、楽しくなくなる。
何をやってもつまらなくなる。

6.睡眠障害
眠れなくなる「不眠」、いつもよりも眠り過ぎてしまう「過眠」、朝早く目が覚めてしまう「早朝覚醒」、睡眠の途中に目を覚ましてしまう「中途覚醒」がある。

7.死にたくなる
理由があるわけではないのに、死にたくなる。
俗に言う「希死念慮」というもの。


個別の病状が相まって、以下2つの病状も引き起こした。

8.何もかもが億劫になる
これまで当たり前にできていたことが嘘のようにできなくなる。
抑うつ・身体症状・意欲の低下によるものである。
朝起きて歯を磨くこと、顔を洗うこと、夜、シャワーを浴びることができなくなる。
これらができなくなると不潔だから外出したくないし、人にも会いたくなくなる。だから一日中部屋にひきこもるという悪循環に陥る。当時、私もおおよそ3日に1回、ひどいときになると一週間に1回しかシャワーを浴びることができなかった。
食事を取ることまでもが億劫になる。
朝昼食べないことが増える。とはいえお腹は空く。だから夜ドカ食いする。昼夜逆転しているときは夜食も食べる。こんな食べ方で太らないわけがない。私は療養中に体重が10㎏以上増え、過去最高体重を記録した。

9.昼夜逆転
私の睡眠障害は、眠れない「不眠」と眠り過ぎてしまう「過眠」を同時に抱えるものだった。
睡眠薬を飲もうが、とにかく眠れない。眠れないから寝る時間が遅くなる。すると、起きる時間が遅くなる。過眠により日中寝てしまう。すると、ますます夜眠れなくなる。この悪循環により、私は昼夜が逆転してしまった。


抑うつで気分は良くない。体はだるいし、重い。気分転換しようにも、意欲が沸かない。仮に何かできても、集中力がなく続かない。そもそも何をやってもつまらない。気分転換どころか必要最低限のことすらできず、まともな日常生活が送れない。そして理由もなく死にたくなる。こんな現実から目を背けたくて、眠ってしまいたいのに眠ることもできない。挙句の果ては昼夜逆転である。
完全に詰んでいる。こんな毎日が二年続いた。

療養期間二年のうち初めの一年半は苦しみから早く逃れるべく、一刻も早く治すべく、うつ病とガチで闘った。ゴリ押しし、もがけるだけもがいた。
十分に休養を取ること・薬物療法はもちろん、他、うつ病に良い言われることは、ほとんど試した。朝日を浴びる、散歩する、運動、食事などなど(知人から新興宗教の勧誘を受けたが、さすがにそれは断った)。
しかし、何を何度やっても、いくら工夫しても、まったく良くならなかった。途方に暮れるしかなかった。ダメなときは何をやってもダメ、うつ病とはそういう病気なのだ。

療養期間二年のうち残りの半年は、うつ病に負けを認め開き直った
打ち手はすべて打った。それでも良くならないなら、もう開き直るしかない。押してダメなら引いてみろだ。もうどうにでもなれまな板の鯉だ。
開き直ってからは、ベットの上でひたすら映画やドラマを観ていた。
ネットで評価の高い様々なジャンルの映画を片っ端から借りては観た。朝ドラ「ゲゲゲの女房」は第一話から最終話まで一気に観た。アニメ「君に届け」にドハマりした。
後々考えてみると、この開き直りが私の療養生活の転機となった。
これまでは、コントロールできないうつ病という病を、力づくでコントロールしようとしてきた。しかし開き直ってからは、コントロールできないものをコントロールしようとしなかった。これが良かったのだと思う。開き直ることができたおかげで、本当の意味で休むことができるようになったのだ。

では、初めから開き直れるか?正直それは難しいのではないかと思う。

理由は、うつ病になった誰もが早く苦しみから逃れたい、治したいと思うからである。だから、そのための努力をする。しかし私のように、その努力が裏目に出ることもある。思いが強すぎるがゆえ頑張り過ぎてしまい、心身共に休めていないのである。だから私は、「開き直りはガチで闘った上の産物」だと私は思っている。

 

どんな気持ちで闘病中をすごしたか?


働かず療養していると、時間だけは売るほどある。それが良くない。
時間がある分、余計に悩み考えてしまうのだ。「なぜ、人は悩むのか?それは悩む時間があるからだ」という言葉は的を得ているように思う。
よく悩み考えるのは以下、大きく分けて4つのことについてである。

1つは、病気について。
先に書いたとおり、病状により気分は良くない。加えて、毎日、夜寝て朝起きる、歯を磨く・顔を洗う・シャワーを浴びるという当たり前の生活ができない。その上、昼夜逆転である。
こんな生活でいいはずがない。そんなことは誰よりも自分が一番良くわかっている。
病気ゆえ仕方ないといえど、こんな不甲斐ない生活を送っている自分を責めてしまう

2つ目は、人と比較してしまうことについて。

「みんなは会社へ行き働いている。なのに私は…」「私がこうしている間に、みんなはどんどん先へ進んでいる」「社会とのつながりがない」

人と比較することで生じる惨めさ後ろめたさ自己否定焦り不安。社会とのつながりが断たれたことで疎外感が生じる。

3つ目は、過去現在未来について。

「うつ病になる前に戻れたら…」
「うつ病にさえならなければ…」「望んでなったわけじゃないのに、どうしてこんなにつらい思いをしなければならないのか?」「どうして私なの?」
「いつ治るのか?」「もしかしたら、一生治らないんじゃないか?」

過去への執着現実を受け入れられない未来への不安
うつ病になった現実は、すぐに受け入れられるものではない。このような悩み考えても仕方のないことに悩み考え抜いた末、ようやく現実として受け入れられ、初めて前を向けるのである。また、過去への執着は、過去が輝かしい人であるほど大きいのかもしれない。

4つ目は、お金について。
私は貯金が尽きた後、親からの最低限の仕送りだけで生活していた。
お金がないということはひもじく不安になるものである。

うつ病者に自殺者が多いのは、希死念慮(死んでしまいた)によることはもちろん、それに加え、このように様々な悩みが重なることで自己肯定感が低下しているからなのだろう。

 

働かず療養に専念するとは?

 

働かず療養に専念することは時間との戦いでもある。
暇なのだ、それもすごく
十分な休養を取ると言えば聞こえはいいが、病気という点だけ除けば、生活の実態は半ばひきこもりのようなものだ。


これまでは1日8時間働いていた。通勤・退勤、出勤するための準備時間を含めると約11時間は働くということのために使っていただろう。それらすべてをする必要がなくなったのだから、当然といえば当然だ。

そもそも人は、暇が苦手な生き物だ。
古い中国のことわざにこんな言葉がある。「小人閑居して不善をなす」。ザックリした意味は、「大したことない人間が、時間を持て余したところでロクなことをしない」である。
また、精神科医齊藤環先生も著書「世界一やさしい精神科の本」で、「99.9%の人々はひきこもりに向いていない。(中略)健康にひきこもるには、すごく特殊な才能と、ものすごく強い意思が必要である」と述べている。

小人たる私が、この有り余った時間をどう使うか?
お金は限られている。お金を多く使う時間の使い方であってはならない。
さらに言えば、「潰す」よりも「積み重ねる」時間の使い方が望ましい。
私は様々な時間の使い方を模索した。

しかし、病状により何もする気になれない、何かしても続けられない。そして何をしてもつまらない。
読書、漫画を読む、ドラマ・映画を観るなど様々なことに試してみたが、どれも上手く行かず、ゴロンと横になり天井を見つめる日々が続いた。

このような経緯があり、私はパチスロ依存症を再発させてしまう。
私は過去、最高で600万円、トータルで1,000万円近くをパチスロに溶かした重度のパチスロ依存症者だ。これまでやらないことに成功していたが、この暇で退屈な時間が再発の引き金となった。

依存症界隈でよく使われる言葉に「HALTに気をつけろ」というものがある。
HALTとは、Hungry(空腹)Angry(怒り)Lonely(孤独)Tired(疲労)の頭文字を取ったもので、こういう状況ではスリップ(再び依存行為をしてしまうこと)しやすいから気をつけろよと警笛を鳴らす意味で「HALTには気をつけろ」、そう言われている。
私は、このHALTにもう一つ付け加えたい。それは、Tedium(退屈)である。
さきほどの小人閑居して不善をなすという言葉が示す通り、人は暇になるとロクなことをしない。

依存症になると、人の脳は変わってしまう。一度変わった脳はもう元に戻らないのだという。わかりやすい例えで「たくあんになった脳みそは、二度と大根には戻らない」と言われている。私の脳はパチスロで大きな「快」を得られるのに対し、他のことではなかなか「快」を得られにくくなっているのだ。

パチスロだけは意欲が沸き、集中し楽しむことができた
依存症が再発したこと、お金を著しく消費する時間の使い方であることが良くないことは十分承知していながらも、病状が軽い日はパチンコ屋へ通う日が続いた。

誤解を生まぬために、一つだけ伝えておきたいことがある。
それは、うつ病で療養しているからといって1日中寝ているわけではないということである。
病状には重い軽いの波がある病状が軽く外出できる日もある一方、病状がひどく、寝ていることしかできない日もある
むしろ寝てばかりいることが、健康に良くないことくらいは誰の目から見ても明らかであろう。体は鈍り、気分が塞ぎ込む。社会とつながりも断絶される。
うつ病で働かず療養しているにも関わらず外出などけしからん!楽しむなんてもってのほか!という批判は控えていただきたい。
自身のパチスロを正当化するわけではないが、病状が軽いときは普段と同じように外出し、外の空気に触れるまた、人に会い会話する病状が重いときは大人しく休む。これが療養の正しいあり方だと私は思っている。
 

うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち

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世界一やさしい精神科の本 (河出文庫)

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